STORY STAY
何にも出会わない場所
経営者の仲間の友達から、
東京から三浦の先の方に面白い宿があると聞いて
予約を取ったのがきっかけ。
諸磯。
初めて聞いた地名だった。
海に行くなら湘南か沖縄。時々伊豆だった僕は
三浦という選択肢など元々なかった。
写真を見せてもらって、冬なら本当に人がいないし本当にプライベートなんだって言われて、
興味が湧いた。
妻と二人暮らしの僕は、学生から起業して
今やそこそこの会社になった。
でも毎日毎日忙しくて、仕事がうまく行けば行くほど
人間関係で疲れる日々。
接待こそないけれど、仕事仲間や関係者と飲み歩くのも少し気疲れしてた頃だった。
人がいない。
それが私の心に一番刺さった。
当日、駐車場から歩き始めた時、
スタッフに導かれて、どんどん歩いて道を進む。
おいおい本当にこんな小さな道の先にあるのか?と不安になるほどの小さな道だ。
カートが一台ちょうど入るくらい。
しかし、その不安は富士山が見えたことで大きく期待に変わった。
なんだかすごいところに来たのか?と、
最後の5メートルで、ここはもう別世界だ!と思うくらいの景色が目の前に広がった。
そこを抜けて施設へ入り、上へ上がっていく。
少しだけ高い位置にあるデッキからは富士山も白い灯台も絵に描いたような綺麗さだ。
裏に回り込んで扉を開けると、
目に飛び込んできたのは目の前に広がるガラス窓とその先にある海の絶景。
少し近づくと、そのガラスの前を
トンビがかすって飛んで行った。
まさに自然の中に自分たちが迷い込んだような、
不思議な感覚だった。
今日はスマホの電池を消そう。
とにかく、日常のあらゆるものから解放されて、
ゆっくりと過ごしたい。
人工物が何もないこの世界を
快適なところから見渡すことが
スーッと頭を軽くしてくれる。
何か看板や家などが見えると、
人はその情報を頭ですくって
色々と考えてしまうらしい。
経営者なんて常に何かを抱えてる。
だからすぐに考え込んでしまう。
ここには、そういうものが一切ない。
そういうことがないだけで、
すごく遠くに来て忙しい毎日が
とても昔に感じられる。
妻もこんなところあるんだねと静かに笑って、
さ、美味しいコーヒーでも淹れるねと。
いいね。時々はこういう時間が必要だね。
冷蔵庫を開けると食材がたくさん届いている。
買い出しもしなくていいのか。
妻も楽ちんだねと喜んでいる。
高級なホテルやレストランはよく行くけれど、
それらとは違う、言葉ではうまくいえないけど、
自分が求めていた穏やかな時間がある。
夕方二人で海辺を散歩して
外でワインを飲んでもいいね。
もう何もしなくていいね。
うん、それを楽しみにきたんだものね。
私に何かを言う人も誰もいない、
いい悪いもない、
成功も失敗もない、
お金がどうこうも関係ない。
ついつい考えてしまう僕だからこそ、
何も考えない、誰とも会わない、何も生まない時間。
そういう時間を楽しむのだ。
END.